「我を張る」と「信念を貫く」は、何が違う?
「私はこう思う」
「これは譲れない」
「絶対、こっちの方がいい」
自分の考えを持つことは、大切なこと。
だけど最近何が違うのか考えてみた?
響?感覚?
自分軸もなんだか完全に落とし込めていない。
これは「信念を貫く」なのか?
それとも、ただ「我を張っている」だけなのか?
この二つ、似ているようで、実は少し違いました。
「我が強い」
「我を張る」
こう聞くと、なんとなく悪いイメージがありました。
でも「我」とは、自分、自我のこと。
だから、我があること自体が悪いわけではない。
「私はこう思う」
「私はこれが好き」
「私はこれを大切にしたい」
自分を持つためにも必要なもの。
問題になるのは、
「自分の正しさを守るために、相手を変えようとするとき」
なのかもしれないと気づきました。
我を張るとき
「私は正しい」
「私のやり方が正しい」
「なんで分かってくれないの?」
「相手に変わってほしい」
「それ間違ってるよね」
そんな気持ちが強くなります。
一方で、
信念を貫くとき
「私は何を大切にしたいんだろう?」
「何のために、これをやっているんだろう?」
「他の方法はないかな?」
と考えることができます。
信念がある人は、意外と柔軟なのかもしれません。
大切なものは手放さない。
でも、そこへ向かう方法は変えられる。
管理職だった頃の私にも、たくさんありました
「患者さんのためだから」
「スタッフのためだから」
「この方が絶対いいから」
そう思って、一生懸命伝える。
でも、伝わらない。
すると、
「なんで分からないんだろう」
「こんなに考えているのに」
「どうしてやってくれないの?」
だんだん苦しくなってくる。
相手のためだと思っていたけれど、
もしかしたら、その中には、
「私の考えを分かってほしい」
「私が正しいことを認めてほしい」
そんな「我」も混ざっていたのかもしれません。
人間だから、あっていい。
だけど今は、気づくことが大切だと思う。
自分と向き合う4つの質問
最近、
「なんで分かってくれないの?」
「普通こうするでしょう」
「前にも言ったのに」
そう思った出来事はありませんでしたか?
もしあったら、少しだけ自分に問いかけてみてください。
① 私は、何にモヤモヤしたんだろう?
② 本当は、相手にどうしてほしかったんだろう?
③ なぜ、それが私にとって大切なんだろう?
そして最後に、
④ 私は今、「自分の正しさ」を守ろうとしている?
それとも、「本当に大切にしたいもの」を守ろうとしている?
答えは、どちらか一つじゃなくてもいい。
「両方あるなぁ」
それでもいいと思います。
信念は変えなくても、方法は変えられる
私は、
人を大切にしたい。
働く人が笑顔でいてほしい。
安心して本音を話せる場所を作りたい。
そんな思いがあります。
これは、これからも大切にしたい私の信念です。
でも、その思いを実現する方法まで、
「こうでなければならない」
と決めなくてもいい。
自分の考えを押し通すのではなく、
相手の考えも聞いてみる。
伝わらなければ、
違う伝え方をしてみる。
うまくいかなければ、
自分の関わり方を変えてみる。
信念は残して、方法を変える。
それでいいんだと思います。
今日、自分に聞いてみませんか?
誰かにイライラしたとき。
「なんで分かってくれないの?」
と思ったとき。
相手を見る前に、ほんの少しだけ自分の内側を見てみる。
「私は今、何を守ろうとしているんだろう?」
自分の正しさなのか。
プライドなのか。
それとも、
本当に大切にしたい何かなのか。
他人と過去を変えることは難しくても、
自分と、未来は変えていける。
自分と向き合うって、
自分を責めることではなく、
「本当は何を大切にしたかったの?」と、自分の声を聴いてあげること。
今日もまた一つ、
自分を知ることから始めてみよう。
