支える人が、支えられていい。
「病院に保健室があるんです」
そう話すと、ときどき聞かれます。
「なんで病院に保健室が必要なの?」
「看護師さんって、心や身体のことを知っている専門家でしょ?」
確かに、そうです。
看護師は、人の命や心と向き合うために、たくさんのことを学んできました。
でもね。
看護師も、人間なんです。
疲れることもある。
傷つくこともある。
誰かの何気ないひと言が、ずっと心に残ることもある。
家に帰っても仕事のことが頭から離れなかったり、
「私の関わり方でよかったのかな」と、自分を責めてしまったり。
それでも次の日には、
いつものように白衣を着て、
患者さんの前に立ちます。
「頑張れる理由」は、いくらでも見つかる
医療の現場で働いている人たちは、
もともと責任感が強く、
「誰かの役に立ちたい」
「困っている人を助けたい」
そんな思いを持っている人が多いように感じます。
私も、その一人でした。
だからこそ、
「こうするべき」
「もっと頑張らないと」
「私がしっかりしなきゃ」
「患者さんは、もっとつらいんだから」
そんな言葉が、自分の中からどんどん出てきます。
頑張る理由って、
探そうと思えば、いくらでも見つかるんです。
そして気づかないうちに、
自分のことが、一番最後になっている。
でも、それは医療者だけではないと思います。
「お母さん」という役割。
「妻」という役割。
「夫」「父親」「上司」「リーダー」「先生」「介護する人」。
私たちは役割を持った瞬間から、
いつの間にか「支える側」に立つことがあります。
誰かを大切にすることは、とても素敵なこと。
だけど、
誰かを大切にするために、自分を犠牲にし続けなくてもいい。
私は、そう思っています。
愚痴を言ってもいい。不満があってもいい。
「こんなこと言っちゃいけない」
「私より大変な人がいる」
「これくらい我慢しなくちゃ」
そうやって飲み込んだ言葉は、
なくなったわけではありません。
心のどこかに、少しずつ溜まっていきます。
だから、私は保健室で、
「ちょっと聞いてよ」
そんなふうに話してもらえる場所をつくりたい。
愚痴だっていい。
不満だっていい。
泣いたっていい。
答えが見つからなくてもいい。
誰かに話すことで、
「あぁ、私、本当はつらかったんだ」
と自分の気持ちに気づくことがあります。
そして、少し心に余白ができたら、
また自分で歩き出せることもあります。
私は、人を支える仕事をしている人に、
ずっと強くいてほしいわけではありません。
弱音を吐きながらでもいいから、自分を大切にしながら働いてほしい。
そう願っています。
支える人が、支えられていい。
看護師だから。
管理職だから。
お母さんだから。
ベテランだから。
私がやらなきゃいけないから。
そんな「役割」の前に、
あなたも、一人の人です。
疲れたら「疲れた」と言っていい。
困ったら「助けて」と言っていい。
誰かに支えてもらっていい。
支えてもらうことは、
弱さではありません。
むしろ、自分を大切にすることは、
これからも誰かを大切にしていくために必要なことなのだと思います。
だから私は、病院に保健室をつくりました。
病気になってから行く場所ではなく、
病気になるほど頑張る前に立ち寄れる場所。
何か大きな悩みがなくても、
「ちょっと聞いて」
と言える場所。
話して、
少し笑って、
「じゃあ、またやってみようかな」と帰っていける場所。
そんな場所が、
病院にも、職場にも、家庭にも、
もっともっと増えてほしい。
そして何より、
いつも誰かを支えているあなたに伝えたい。
支える人が、支えられていい。
あなたが自分を大切にすることは、
誰かを大切にすることと反対ではありません。
今日くらいは、
誰かのためではなく、
自分にも聞いてあげてください。
「私、本当はどうしたい?」
その小さな問いかけから、
自分を大切にする時間が始まるのかもしれません。
「あけみょん癒しの保健室」は、
そんなあなたが、ふっと肩の力を抜ける場所でありたいと思っています。
