―“人の問題”ではなく“脳と環境”の話―
はじめに:保健室でよく聞く相談内
保健室での相談で、近年とても多いテーマがあります。
「上司が怖くて話せない」
「部下が何を考えているのか分からない」
「言ったはずなのに伝わっていない」
「話し合いにならない」
立場は違っても、共通しているのは
“聴けない・聴かれない”という状態です。
多くの場合、問題は「誰が悪いか」という方向に向かいます。
しかし本当にそうでしょうか。
実はそこには、人の性格や能力の問題ではなく、脳と環境の問題が隠れていることが少なくありません。
聴けないのは性格の問題ではない
「上司が威圧的だから」
「部下が受け身だから」
そう捉えてしまうと、解決は難しくなります。
人は強いストレス下に置かれると、
脳は“理解”や“共感”よりも“防衛”を優先します。
職場環境が緊張感に満ちているとき、
私たちの脳は無意識のうちに
- 攻撃する
- 逃げる
- 固まる(フリーズする)
といった反応を選びます。
つまり、「聴けない」のは態度の問題ではなく、
脳が安全を確保しようとしている結果であることがあるのです。
スタッフがフリーズする理由 ― 防衛本能としての反応
強い口調、威圧的な態度、ため息、急な呼び出し。
こうした刺激を受けると、脳の扁桃体が強く反応します。
危険信号が出ると、思考を司る前頭前野の働きは一時的に低下します。
するとどうなるでしょうか。
- 頭が真っ白になる
- 何を言えばいいか分からない
- 判断ができない
- その場を早く終わらせたくなる
これは「やる気がない」のではありません。
「反抗している」のでもありません。
脳が身を守るために“フリーズ”している状態なのです。
しかし外から見ると、
「何も考えていない」「主体性がない」と誤解されやすい。
ここに、大きなすれ違いが生まれます。
管理職の攻撃的口調も“防衛反応”
一方で、管理職側の相談もあります。
「何度言っても伝わらない」
「部下が動かない」
「自分ばかりが責任を背負っている」
管理職もまた、強いストレス環境にいます。
慢性的な負荷がかかると、前頭前野の機能が低下し、
感情をコントロールしにくくなります。
その結果、
- 口調が強くなる
- 結論を急ぐ
- 余裕がなくなる
- 相手の話を最後まで聴けない
といった状態が起きます。
これもまた、能力不足ではなく、
ストレスに対する防衛反応の一つです。
攻撃的に見える態度の奥に、
「何とかしなければ」という焦りや不安が隠れていることも少なくありません。
上司とスタッフの“捉え方の違い”
同じ出来事でも、体験はまったく異なります。
| 上司の視点 | スタッフの視点 |
|---|---|
| 「きちんと伝えた」 | 「怖くて頭が真っ白だった」 |
| 「なぜ動かない?」 | 「何を優先すればいいか分からなかった」 |
| 「返事がない=理解していない」 | 「返事をすると否定されそうで黙った」 |
どちらが正しい・間違っている、という話ではありません。
脳が置かれた状態によって、
見えている世界が変わっているのです。
この違いを知らないままでは、
互いに「分かってくれない」という思いだけが積み重なっていきます。
解決の鍵は「安心」
脳は安心して初めて、考え、判断し、対話ができます。
心理的安全性とは、
「何を言っても許される」ことではなく、
攻撃されないという感覚があることです。
そのためにできることは、特別なスキルよりもまず、
- 声のトーンを落とす
- 結論の前に事実確認をする
- 途中で遮らず最後まで聴く
- 「責める意図はない」と明示する
といった、環境を整える工夫です。
人を変えようとする前に、
場の安全度を上げること。
それだけで、脳の働きは大きく変わります。
まとめ:責めるより整える
聴けない職場。
聴かれない職場。
それは誰か一人の問題ではありません。
- スタッフのフリーズも防衛本能
- 管理職の攻撃的口調も防衛反応
- ストレスは前頭前野の働きを低下させる
- 脳は安心を最優先する
この仕組みを知るだけで、
「人の良し悪し」の議論から一歩抜け出すことができます。
責めるより、整える。
安心できる環境が少しでも増えたとき、
人は自然と聴けるようになり、
聴かれるようになります。
保健室での多くの相談は、
「誰が悪いか」ではなく、
「どうすれば安心して話せるか」という問いに行き着きます。
聴けない・聴かれない職場は、変えられます。
その第一歩は、
脳の仕組みを知ることかもしれません。
