幸せって、なんだろう。

〜「私は幸せだ」と決めるまで〜

昔の私は、
不平不満や愚痴ばかりでした。

「こんなに頑張ってるのに」
「どうしてわかってくれないの?」
「もっと認めてほしい」

いつも外側ばかり見て、
誰かの評価で自分の価値を決めていたんです。

褒められたら安心する。
でも、認めてもらえないと苦しくなる。

そんなふうに、
私はずっと“他人軸”で生きていました。


本当に欲しかったのは、“自分からの承認”だった

今ならわかります。

あの頃の私は、
誰かに認めてほしかったんじゃない。

本当は、
自分で自分を認めたかったんです。

「よく頑張ってるよ」
「そのままでいいよ」
「ちゃんと価値があるよ」

そんな言葉を、
本当は自分自身にかけてあげたかった。

でも当時は、
自分を認めることができなくて、
ずっと誰かに埋めてもらおうとしていました。


幸せは、“手に入れるもの”じゃなかった

昔の私は、
幸せは何かを手に入れた先にあると思っていました。

もっと認められたら。
もっとお金があったら。
もっと愛されたら。

でも、外側のものは変わり続けます。

一瞬満たされても、
また不安になる。

だからこそ今、感じるんです。

幸せって、
何かを手に入れることじゃなくて、

「私は幸せを感じていい」

そう、自分に許可を出すことなのかもしれないって。


小さな幸せに気づけるようになった

美味しいコーヒーを飲めた。
空が綺麗だった。
誰かが笑ってくれた。
今日も生きていた。

昔の私は、
こんな小さな幸せを見逃していました。

でも今は、
そういう日常の中にある温かさに、
少しずつ気づけるようになってきたんです。

幸せは、
特別な出来事じゃなくて、

“今ここ”に、
静かに存在していたんですね。


過去の苦しみも、今の私を作っていた

苦しかった過去。
遠回りした時間。
うまく生きられなかった自分。

昔は、そんな自分を否定していました。

でも今は思います。

全部あったから、
今の私がいるんだって。

苦しみを知ったからこそ、
人の痛みに気づける。

寂しさを知ったからこそ、
安心を届けたいと思える。

過去は、
無駄じゃなかった。


「私は幸せだ」と決めて生きていく

これからは、
誰かに幸せにしてもらう人生じゃなく、

「私は幸せだ」

と自分で決める。
この感覚を掴めるまで正直
めっちゃ時間がかかりました。

これからだって

もちろん、
悩む日もあります。

落ち込む日も、
迷う日もある。

それでも、
小さな幸せを感じることができたから
今は毎日が幸せなんです。
人生最高の1日を過ごす!
と毎日決めることからスタートするんです。
そうすると、RASが作動してくれんです。

そして、
私が感じた安心や希望を、

今度は、
関わる人たちにも届けられる人でありたいと思っています。


まとめ

幸せとは、
何かを達成した先にあるものではなく、

「今ここにある幸せに気づけること」
なのかもしれません。

そして、

「私は幸せを感じていい」

そう自分に許可を出せた時、
人生は少しずつ変わり始める。

今日もこうして生きている。
それだけでも、
本当は十分尊いのかもしれません。