ありがとうは最強
小学生の女の子、仮名をじゅんちゃんにします。
初めての離島宿泊体験。
食事だけが、みんなと食べられないという精神的な病気を抱えての参加。
心療内科にも通って、「行く」を自ら選択。
しかし、ついた途端、昼食を民家さんの家で
しかもみんなと食べなければならない。
不安で泣き出した。
その後、夕食も苦しくて担任の先生に助けの電話。
朝は、民家さんの計らいで、一人で食べれるように
してもらい、ほんの少しだけ食べたそう。
食事以外は、友達とも元気に遊ぶしなんの問題もない。
また昼ごはんの時間になった。
体育館のトイレにこもって出て来れなくなっていた。
誰もいなくなった静かな体育館のトイレに一人。
私は外でしばらく待機。
「じゅんちゃん、看護師のあけみょんです」
と声をかけるとトイレの扉が開いた。
トイレから出るや否や
じゅんちゃん「すみませーん。すいません」
私「すいませんじゃないよ。ありがとうでいいんだよ」
「じゅんちゃんは何も悪いことしてないよね?」
じゅんちゃん「私がご飯食べれないからみんなに迷惑かけて」
「私帰ってもいいですか?」
それから、じゅんちゃんの話をじっくり聴いた。
しっかりと自分の状態を説明するかのように話てくれた。
保育園の年中さんまではご飯食べれていたそうだ。
食べるのが遅かったり、好き嫌いがあったり、
先生に注意されたことから、食事の時間が怖くなったそうだ。
給食の時間になると、匂いを強く感じ、吐いてしまうようになって
家族での外食もできなくなっていったんだって。
外食は、一人で車の中で食べて、
友達と遊んだり、親戚の家や従姉妹とも泊まりもしたいけど
できなくて、7年間ずっと苦しかったと話てくれました。
「じゅんちゃんは何も悪くない。
自分を責めることが、心の病気を強くしてるだけだよ。
直ぐには変えられないけど必ず変われるから」
たくさんできてることがあるのに、
たった一つご飯をみんなと食べれないことで
全てがだめ、全てみんなに迷惑、家族にも迷惑
私なんて・・・。いなければいい。
脳の仕組みをちょっと分かりやすく説明をしました。
そして、良いことできてること探しをしました。
まず、今回の離島体験も
不安があっても、行くと選択した勇気
みんなと船に乗って、両親と離れて今ここにいること
昨夜も、辛くて辛くて仕方ないけど一晩過ごしたこと
それでも、明るくみんなと遊んでること
少しずつ、じゅんちゃんの表情が明るくなって来た。
「これからは、寝る前にできていること
1日の良かったことを考えて寝るんだよ」
今までは、寝る前に給食のことを考えて不安でたまらない毎日だった。
じゅんちゃん「私はご飯食べれないことを先生に言ってもいいんですか?」
「家に帰りたいって言ってもいいんですか?」
私「今日も、もう船がないから、物理的にできないこともあるけど
自分の意見を言うことは悪いことじゃないよ。
言えなくて我慢していることが、病気を悪くしてるだけだよ」
それからは、将来の夢や希望をたくさん話してくれた。
「本当はみんなとご飯を食べたいし外食も美味しく食べたい
本当は食べること大好きなんです」
「私も将来誰かの役に立てますか?」
私は泣きそうだった。
小学生の女の子が、自分が苦しいのにすでに
誰かの役に立つこと考えてるって。
「じゅんちゃんと同じ思いをしてる人の気持ちが
わかるのはじゅんちゃんだけだよね」
「じゅんちゃんもずっと、誰にもわかってもらえなかったんだよね」
じゅんちゃん「私と同じ気持ちの人を助けることできますね」
「私もカウンセラーになりたい」
「私も看護師になれますか?」
「なれるよ」
「ご飯は一人で食べたいです。ありがとうございます。
それだけ言えたらそれでいいんだよ」
「それ以外はなんでもできるんだから、
できることでみんなのためになること探したらいいんじゃない?」
その後今日1日の振り返る場面でじゅんちゃんは
「私は広くみれていないことに気がつきました」
と堂々と発表しました。
びっくりしました。小学生ですよね?
そして、2日目の夜を迎える前に
友達みんなも
これから、「ありがとう私もいう」
「今日さあ寝る前にみんなで、良かった探ししようよ」
と言ってくれていた。
本当に泣けそうというか泣きました。
翌日、私の顔を見るや否や
走ってきて、ニコニコしていたので
「いえーい」とハイタッチしました。
なんとみんなと、同じテーブルでご飯を食べたそうです。
そこまでできるとは驚きでした。
大人のトラウマと違って
複雑化されてないから素直なんだなあと
教えられた出来事でした。
「ありがとう」の言葉の威力
私も、もっともっとありがとうを言います😊

