誕生日はどう過ごしますか?
59歳の誕生日に、初めて「何もしない」を選んだ
今年の誕生日、私は初めて
「何もしない日」を自分に用意しました。
仕事も入れない。予定も入れない。
ただ、静かに過ごす一日。
これまでの私は、どこかで
「誕生日もいつも通りでいい」と思っていた気がします。
でも今年は違いました。
少しだけ、自分に問いかけてみたくなったのです。
——誕生日って、どう過ごすものなんだろう?
誕生日って、誰のための日?
お祝いをする日。
誰かに祝ってもらう日。
特別なことをする日。
きっと、いろんな形がありますよね。
でも私は、どこかでずっと
「誕生日に特別な意味を持たせない」ようにしてきました。
なぜなら——
4月4日という日
私の誕生日は、4月4日。
亡き母と、同じ日です。
「4」という数字は、不幸を連想するから縁起が悪い、
そんなふうに言われることもあります。
でも私は、ずっと違う捉え方をしてきました。
4がふたつ。
だから、不幸どころか「幸せの倍」。
そう思うようにしてきました。
本当は——
母と同じ日に生まれたことが、ただ嬉しかったのかもしれません。
忘れられていた誕生日
子どもの頃、4月4日は春休みの中にありました。
学校も休みで、友達に会うこともない。
だから、自分の誕生日はよく忘れられていました。
みんなの誕生日はお祝いするのに、
自分のときには声がかからない。
そのたびに、少しだけ寂しくなって——
でも、その気持ちを見ないようにしてきました。
だから私は、いつの間にか
「誕生日にこだわらない」という選択をしていました。
今、受け取れる言葉
そんな私が、59歳の誕生日に受け取ったもの。
それは、たくさんのメッセージでした。
「お誕生日おめでとう」だけではなく、
「出会ってくれてありがとう」
「生まれてくれてありがとう」
そんな言葉をもらえるようになった今、
胸の奥に、じんわりと広がるものがありました。
ああ、私はちゃんとここにいて、
誰かとつながってきたんだな、と。
もう直接は言えない「ありがとう」
母と同じ誕生日。
でも今は、
「産んでくれてありがとう」を直接伝えることはできません。
だからこそ、今年は強く思いました。
私は、ちゃんと生きてきただろうか。
母がくれたこの命を、大切にできているだろうか。
そして同時に、
「ここまで来たよ」と、どこかで伝えたい気持ちもありました。
誕生日を“公開する”という変化
これまで、あまり意識してこなかった誕生日。
でも今年から、私はそれを「公開」することにしました。
少し照れくさくて、でもどこか嬉しくて。
年齢を重ねたからこそ、
受け取れるものがあると気づいたからです。
祝われることを避けてきた私が、
初めて「受け取る側」に立った瞬間でした。
誕生日は、感謝を受け取る日
誕生日は、何かをする日じゃなくてもいい。
ただ、立ち止まって、
これまでを感じる日でもいい。
そして——
誰かの言葉や想いを、受け取る日でもいい。
59歳の誕生日に、私はようやく
それを受け取ることができました。
あなたは、誕生日をどう捉えて、どう過ごしていますか?
